国体チャンネル
いきいき夢国体

国民体育大会コラム

国体の開催地を知る 
2019.08.28

令和初となる2019年の第74回国民体育大会(国体)が、茨城県で開催される。「令和初がどうして茨城?」と思う人もいるかもしれないが、深い理由があって茨城開催になったわけではない。では、国体の開催地はどのように選ばれるのだろう。

国体は都道府県の輪番開催

1946年に始まった国体は9月中旬~10月中旬の本大会、12月~2月の冬季大会に分かれる。このうち、本大会は各都道府県の持ち回り方式で、全国を東(北海道・東北・関東)、中(北信越・東海・近畿)、西(中国・四国・九州)の3地区に分け、輪番で開催されることになっている。過去の開催地を振り返ると、18年は福井(中)、17年は愛媛(西)、16年は岩手(東)…。ちなみに来年は鹿児島(西)で開かれる。既に47都道府県で1回ずつ開催されており、現在は2巡目。茨城での開催は1974年(昭和49年)の第29回大会以来、45年ぶりとなる。
本大会に対し、雪と氷が欠かせない冬季大会は輪番の規定は適用されず、競技が実施できる都道府県での開催になる。実際、20年までに開催地となったのは19都道県。西地区ではウインタースポーツの実施が厳しいことがあるが、国体開催の機会が少なくなってしまう西地区からしてみれば、少し寂しいことかもしれない。

プロ用競技場から中学校グラウンドまで

開催地は5年前に内定し、3年前に正式決定となる。茨城での開催が確定したのは2016年。「なるほど、じゃあ今年に向けて茨城県は競技場などをリニューアルしたんだね」という声が聞こえてきそうだが、必ずしもそうではない。オリンピックではメインのスタジアムを新たに建設したり、選手村を設けたりするが、国体の競技は県立カシマサッカースタジアムなどプロが使用する大きな競技場から中学校のグラウンドまで、できるだけ既存の施設を活用する。もちろん、観客が入れるようなある程度の広さや安全面などに十分配慮した上で選び、整備もする。もし自分の通う中学校が国体の会場となって有名な選手らが訪れたら、いい思い出になるだろう。国体にはそういった楽しみもある。
選手の宿泊場所に関しても、同様に既存施設を使うが、地域によっては民宿なども利用する。新たに用意される選手村ではなく、長年愛される「地元の宿」なので、試合のためにリラックスするだけではなく、地元の食や風土を体験できる機会にもなるだろう。まさに、地域に密着した会場や宿泊施設と言える。

県全体で盛り上げ

そして、大会は37の正式競技のほか、公開競技5、特別競技1、デモンストレーションスポーツ31を含めると、県庁所在地の水戸市はもちろん、茨城県全44市町村で開催される。地域に根付き、県民に愛され誇りある施設を利用し、県全体で国体を盛り上げる。開催自治体にとっての国体の魅力の一つでもある。
前述の通り、国体は都道府県の輪番開催。1度開かれると、次にまた地元に来る機会はしばらくない。人生で「茨城国体」を味わえるのは今回だけかもしれない。みなさんも会場に足を運んでみてはいかがだろうか。

筆者:慶應義塾大学 結城和臣
【写真:時事通信フォト】第73回福井大会閉会式にて、茨城県旗が掲揚された様子

国体の歴史 戦後スポーツの復興の軌跡 
2019.08.29

いよいよ9月から「いきいき茨城ゆめ国体」が開催される。今年で74回目を迎える由緒ある大会であり、その歴史は終戦直後までさかのぼる。昭和、平成、令和の三つの時代を経る国体は、どのような道のりをたどってきたのだろうか。

創設に尽力した平沼ら

国体は、第2次世界大戦前の国内最大級の体育大会である明治神宮競技大会を由来とする。同大会は、1924(大正13)年に東京・明治神宮外苑競技場の完成を記念して開催された。もともとは同神宮への奉納競技という意図で開かれた大会である。当時としては国内最高の競技会であり、全日本選手権などを兼ねることもあったが、第2次世界大戦突入後の43(昭和18)年に開催された第14回を最後に事実上消滅している。
45(昭和20)年に日本は終戦を迎えた。戦争の残した爪痕は大きかったが、国内で再興に向けての機運が高まっていた。戦後復興のさなかの46(昭和21)年、国民の間にスポーツを普及させ、国民の体力向上を図るとともに地方スポーツの振興と地方文化の発展に寄与するため、日本体育協会(現日本スポーツ協会)が国民体育大会を発案した。開催実現の中心人物として尽力したのが、後に「市民スポーツの父」と呼ばれた平沼亮三である。連合国軍総司令部(GHQ)の承認を得て、同年8月と11月に第1回大会が京阪神を中心に近畿地方で開催された。

国体を通じて平和を

これにより日本スポーツ界は戦後再建の第一歩を踏み出した。国体の開催は、戦後荒廃した人々の心にスポーツを通して希望を与えた。それは平沼自身の思い描いていた理想だった。スポーツの持つ効力について平沼は著書「スポーツ生活六十年」で「もっとも簡単に意思の疎通を図り、親睦協和の道を開き得るものは運動競技の右に出るものはない」と語っている。スポーツを通じて平和を願う心は、70年以上たった今にも通ずる普遍の思いだろう。
その後、平沼は横浜市長時代の55(昭和30)年に神奈川県で開催された第10回国民体育大会の開会式で76歳にもかかわらず炬火(きょか)リレーの最終ランナーを務めるなど、精力的に活動を続けた。その功績が認められ、同年にはスポーツ界初の文化勲章を受賞。国体開会式の会場となった横浜市三ツ沢公園内には「平沼記念体育館」も建立されている。
国体は、都道府県対抗の国内最大のスポーツの祭典として今年も開催される。過去73回の歴史は、日本の平和の軌跡でもある。国体の成立には、戦後復興とスポーツを通して平和を願うという平沼の思いがあった。令和という新しい時代を迎えた今、国体を楽しむだけでなく、国体の歴史を通して平和への思いをはせてみるよい機会ではないか。

筆者:中央大学 生井瑞季
【写真:時事通信フォト】2019年の終戦記念日 手を合わせる人たち

国体と皇室 
2019.08.29

5月1日から新元号「令和」へと改元され、日本が歴史的に新たな節目を迎えた中で行われる今年の「いきいき茨城ゆめ国体」。戦後間もない1946年に始まった大会は一度も途切れることなく74回目を迎えるが、皇室とのかかわりを紹介する。

天皇陛下が開会式ご出席

各都道府県の持ち回りで開催される国体の本大会は、国内最大の総合スポーツ大会ということもあり、注目度も絶大だ。大会は正式競技の順位を得点に置き換えて都道府県対抗で行われる。男女総合成績1位に輝いた都道府県には天皇杯が、また女子総合成績1位に輝いた都道府県には皇后杯が授与されることとなっており、その優勝杯の名前にあるように皇室とも深いかかわりを持つ大会なのである。
毎年、本大会の開会式には天皇、皇后両陛下が出席されることになっており、その後に正式競技の一つを観戦されるほか、開催地の関係者や競技関係者と懇談されることなどが通例となっている。現在の上皇ご夫妻は昨年の福井国体では台風の接近などに伴い開会式のみのご出席となったが、2016年の岩手国体では体操を、17年の愛媛国体では剣道をご覧になった。
そもそも、天皇陛下が初めて国体を視察されたのは、47年に石川県で開催された第2回大会までさかのぼる。当時の昭和天皇が石川県を訪問する機会があり、その流れで国体を視察された。そして、翌年の第3回大会を除けば、第4回大会から継続して天皇陛下が国体をご覧になられているのである。国体の石川県開催と昭和天皇の石川県訪問という、ある意味偶然の予定の一致が今につながっていると考えると非常に興味深いものだ。

復活する「お言葉」

第4回大会から国体をご覧になっている天皇陛下。開会式では「お言葉」を述べられることが慣例となっていたが、第64回大会からは現上皇さまのご負担を減らすため行われていなかった。だが、新しい天皇陛下が即位された今年は、お言葉も復活する運びとなっている。
来年には東京五輪を控え、一層スポーツの盛り上がりを見せる日本国内。新しい陛下を迎える茨城国体開会式で、どのようなお言葉を述べられるのだろうか。国体の開幕まであとわずか。競技の結果はもちろんたが、また違った視点から国体を見てみるのも興味深いだろう。

筆者:中央大学 三浦裕太
【写真:時事通信フォト】福井国体で天皇杯を授与する秋篠宮さま

国体の実施競技は? 
2019.09.09

今年で74回目を迎える国民体育大会。記念すべき令和初の大会は茨城県で開催される。今年はどのような熱い戦いが繰り広げられるだろうか。実施競技に焦点を当てて、さまざまな視点から探ってみた。

国体ならではの競技

男女総合優勝である「天皇杯」と女子総合優勝である「皇后杯」の獲得を目指して、各都道府県の代表が熱戦を繰り広げる国体。その優勝を争う得点対象になるのは「正式競技」と呼ばれる37競技だ。
正式競技は「日本の各年齢層にわたって顕著な普及が認められ、国民の間に広く浸透している競技」と定義されている。茨城国体の正式競技37のうち36は毎年実施されており、残り1は隔年実施。対象競技は銃剣道とクレー射撃で、今年はクレー射撃が行われる。
五輪では見かけない競技もある。相撲や剣道、なぎなた、弓道などで、国内で歴史のある競技が特徴的なものとして挙げられる。また、日本では主に娯楽として普及しているボウリングも正式競技の一つ。なかなかテレビでは見ることができない競技の熱い戦いが見られるのも、国体ならではの楽しみ方の一つだ。

注目の高校野球は特別競技

国体では、正式競技以外にも数多くの競技が行われる。それらは得点には反映されないが、「公開競技」「特別競技」「デモンストレーションスポーツ」の3区分がある。特に特別競技の高校野球は夏の甲子園大会で上位に進出した高校が出場することもあって、多くの観客が訪れる注目競技の一つだ。
競技の大半は年齢によっても区分されている。主に「少年」の部は高校生、「成年」の部は大学生と社会人。少年では春の全国高校選抜大会、夏の全国高校総合体育大会(インターハイ)と合わせて3大会すべてで優勝した場合、「高校3冠」と呼ばれる。

文化プログラムでeスポーツも

今大会では、国体行事の一つとして実施される文化プログラムでコンピューターゲームを競う「eスポーツ」の開催も決まった。茨城の新しい文化として、eスポーツの定着と発展を目指して都道府県対抗戦で行われるとのことで、新スポーツにも話題が集まっている。
なお、国体は本大会と呼ばれる秋の開催だけでなく、冬季にも都道府県対抗の熱い戦いは開催される。正式競技はスケート、アイスホッケー、スキーの3競技で、今年は1~2月に北海道の釧路市と札幌市で開催されている。

筆者:中央大学 三浦裕太
【写真:時事通信フォト】福井国体閉会式で、皇后杯を授与する秋篠宮妃紀子さま

国体、総合優勝の決定方法 
2019.09.09

天皇杯・皇后杯は競技成績を積算

国民体育大会、通称国体。毎年9月から10月にかけての本大会と、1月から2月にかけての冬季大会があり、各都道府県の持ち回り方式で開催されている。令和最初、節目の年の国体開催地に選ばれたのは、北関東の茨城。国体は冬季大会、本大会を合わせて総合優勝を争う都道府県対抗形式だが、この優勝が決まるまでの流れを皆さんはご存じだろうか。やや複雑だが、これを知って国体を観戦すればより一層楽しめるだろう。
大会は正式競技の成績を得点に置き換えて各都道府県の順位を決める。目前に控えている本大会、そして冬季大会の競技ごとに得点を積算し、男女総合成績1位に天皇杯、女子総合成績1位には皇后杯が授与される。
より細かく見ていこう。本大会では37の正式競技があり、まず競技ごとに参加すれば参加得点10が与えられる。この上で、競技得点というものがあり、こちらはその競技の各種別、種目などで入賞した場合に獲得でき、競技によって得点が異なる。種別とは主に高校生の少年、主に大学生・社会人の成年などに分けた上、さらに男子、女子などに区分した分類。種目は陸上なら成年男子100メートルなど、サッカーなら少年男子などを指す。種別・種目得点を積算したものが各都道府県の競技得点となる。

入賞者も表彰

では次に、天皇杯、皇后杯以外にも表彰はあるのか、その詳細を紹介する。競技ごとに男女総合成績1位の都道府県には大会会長のトロフィー、総合成績8位までには表彰状が、また種別および種目ごとに8位までの入賞者・チームには賞状が授与されることとなっている。
国体は、開催県が地域を挙げて盛り上げ、広く国民が参加する唯一のスポーツの祭典と言っても過言ではないだろう。何も知らずに観戦するより、少しでもルールを知った方が選手たちの大会に懸ける思いやその熱気に寄り添った観戦ができるだろう。ぜひ、この得点の仕組みや総合優勝の決定方法を知り、国体を観戦してみてはいかがだろうか。

筆者:駒澤大学 菅原菜央
【写真:時事通信フォト】福井しあわせ元気国体で表彰を受ける池江璃花子ら選手

国体を支える~JSPO編(1)日本スポーツ協会 
2019.09.24

「いきいき茨城ゆめ国体」の開会式が近づく。 国体は日本スポーツ協会、文部科学省、開催地都道府県の三者による開催。今回、主催者の一つとして国体を支える日本スポーツ協会(JSPO)の担当者である吉田優子さん、永井太介さん、伊藤圭悟さんに話を聞いた。3回に分けて、JSPOの役割や国体の魅力などを紹介する。第1回はJSPOがどのような組織なのか、どのような活動を行っているのか見ていこう。

JSPOはスポーツの発信拠点

JSPOは国内のスポーツ団体を統括する組織。事務局は2020年東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムとなる新国立競技場や明治神宮野球場に近い、神宮外苑地区にある「Japan Sport Olympic Square」にある。この建物は今年5月に竣工(しゅんこう)したばかりで、日本オリンピックミュージアムや60以上のスポーツ関係団体の事務所が集積している。もちろん、日本オリンピック委員会(JOC)のもあり、来年の東京五輪も控え、同スクエアにはスポーツ・五輪の発信拠点として、スポーツにかかわる多くの人々が集う広場になるようにという思いが込められている。

国体支える強い使命感

スポーツ推進に関するさまざまな事業を行っているJSPOで、大きな柱となっているのが国体の開催だ。五輪は国際オリンピック委員会(IOC)が主催し、開催会場や予算などは開催都市に任されている部分が多い。国体に関しても基本的な仕組みは同様で、五輪でいうIOCの立場にあるのがJSPOなのである。そのため、国体の業務では開催自治体や競技団体からの問い合わせや要望に対応することが中心となってくる。運営に直接的にかかわることはほとんどないが、開催に向けて準備を進めていく中で、課題が生じたときに今までの経緯や歴史なども踏まえたうえで提案を行うことや、開催県と競技団体の調整が重要な役割だ。
永井さんは選手に対する支え方に関して「もし開催県や競技団体と調整ができなかったら、国体をやりませんと言われてしまうかもしれない。国体が継続して開催されて選手の皆さんが参加できる環境を作り続けることがわれわれの使命なのかもしれないし、そのことがある意味で選手を支えるという点につながっているのかもしれません」と話す。まさに国体の「縁の下の力持ち」。国体を支え、スポーツを愛する思いや誇りが表れているこの一言は、心に残るものだった。

筆者:中央大学 三浦裕太
【写真】JSPO吉田優子氏・永井太介氏・伊藤圭悟氏と中央大学 三浦裕太・明治大学 大西健太

国体を支える~JSPO編(2)トップ選手を間近で観戦―担当者が語る国体の魅力- 
2019.09.24

「国体を支える~JSPO編」の第2回は、日本スポーツ協会(JSPO)で国体を担当する吉田優子さん、永井太介さん、伊藤圭悟さんに、その楽しみ方や魅力を聞いた。インタビューは次の通り。

-国体の魅力は。

永井さん 都道府県対抗であって、さまざまな競技が開催されている総合スポーツ大会であるということ。そして、さまざまな世代の選手が横のつながりで戦うということに国体の最大の魅力があると思う。
伊藤さん 複数の競技を都道府県対抗で行うのは国体ならではだと思う。あとは近くの会場でさまざまな競技が開催されているので、普段なかなか見ることがない競技を見る機会になるところが魅力。

-国体に出場することは難しいか。

伊藤さん 競技にもよるが、国体がその競技の中でもトップの大会と言ってもらえる団体もあるので、全日本選手権と同レベルの大会であると認識している。

―担当者だから知る国体の楽しみ方は。

伊藤さん 競技ではないが、47都道府県の持ち回りで開催されるので、競技会場の中でさまざまなおもてなしがある。ご当地の食べ物をそのような形で味わえるのも楽しみ方だと思う。
永井さん 昨年、国体担当になり、国体の会場に初めて足を運んだが、非常に選手と観客の距離が近い大会だと思う。競技によっては、町の体育館にトップ選手がたくさん集まってプレーするものもあるので、(大相撲の土俵際にある)砂かぶり席のようなところで観戦ができる。町の小学生などもたくさん訪れていてすごく応援などで盛り上がっているし、その距離感はなかなか他の大会では味わえないものなのではないかと思う。
吉田さん 普段なかなか見られない競技を複数見ることができる楽しみももちろん、自分の縁のある都道府県の選手がどういう競技でどれくらい活躍しているのか知ることができるのも国体独自だと思う。

―印象深い競技は。

永井さん 水泳のオープンウォーターでは、選手紹介の際に観客が作った花道から選手が出てきて、ハイタッチをして出て行っていました。純粋におもしろいと感じたし、こういう楽しみ方もあるのだと思った。

―国体で記憶に残る記録は。

伊藤さん 私はずっと野球をやっているが、高校野球は正式競技でないので国体にはなじみがなかった。だが、自分が高校生の頃に行われた岐阜国体で当時高校生だった競泳平泳ぎの山口観弘選手が世界記録を出した。その際の報道を見て、国体ってすごい大会なのだと思った。
永井さん 自分はあまり記録に出くわしたことはないが、昨年の福井国体の陸上競技は男子100メートルで桐生祥秀選手が日本人初の9秒台を出した会場で行われた。そこで山縣亮太選手が国体で走るとあって、すごい期待感と盛り上がりだったのを覚えている。結果的に向かい風が強く、日本記録更新とはならなかったが、100メートルを10秒ちょっとで走る選手たちは「人間、ここまで速く走れるのか」と思うほど速い。じゃあ「9秒台とはどんな世界なのだろう」と。そういうことをきっかけとして、世界大会を見たりすることもあるかもしれないし、大記録という観点ではないが、記録の見方という点でもまた違った楽しみはあるのかなと思う。

筆者:中央大学 三浦裕太
【写真】国体への思いを語るJSPO永井太介氏。右は伊藤圭悟氏

国体を支える~JSPO編(3)国体から東京五輪、そしてスポーツの未来へ 
2019.09.24

「国体を支える~JSPO編」の最終第3回は来年に迫った東京五輪とのかかわりや国体の将来について見ていきたい。

体育からスポーツへ

国体を主催する日本スポーツ協会(JSPO)は、2018年4月に現在の団体名称に変更した。変更前は「日本体育協会」。1911年に大日本体育協会として創立した時から100年以上使用してきた「体育」を「スポーツ」に変更した理由について、JSPOの国体担当者、吉田優子さんは「体育からスポーツというのは、時代の流れというものもあると思う。われわれとしては『スポーツは、自発的な運動の楽しみを基調とする人類共通の文化である』という定義で、『楽しい』『面白い』『スポーツ固有の楽しさや喜びを体験できる』という中核的価値の下でスポーツを推進していこうと取り組んでいます」と語る。
名称変更については10年前にも検討されたそうだが、「体育という言葉に対する伝統やこだわりもあって、加盟団体から反対の意見が多かった」という。しかし今回は反対意見が以前より減ったそうで、そのことからも「体育」から「スポーツ」という社会的なとらえ方が変化していることがうかがえる。
そして、「国民体育大会」も年の佐賀県開催から名称が変更される。その名は「国民スポーツ大会」。略して『国スポ』だ。東京五輪開催後に国体も新たな扉を開くことになっている。

東京五輪と国体

国体も東京五輪開催に向けてさまざまな対策を行っている。その点に関して担当者の伊藤圭悟さんは次のように説明する。
「従来、五輪の正式種目でありながら国体では正式種目でない競技もあったが、国体の中での2020年オリンピック対策実行計画で追加実施種目という形で対応している。ビーチバレーボールや女子レスリング等が例として挙げられる。われわれとしては、そのような競技で国体に出場した選手が五輪にも出場してもらえれば、取り組みを行って良かったと思えるし、非常に期待もしている」
ただ、その取り組みには課題もある。国体は都道府県対抗であるため、各県でチームを組めるだけの競技人口や開催地での十分な施設が欠かせない。東京五輪の新種目としても注目を集める自転車BMXなどはこのような点で国体の競技として実施する難しさを抱えている。

国体から五輪へ。国体が行うさまざまな取り組みと選手たちの活躍が1年後の東京五輪へどのようにつながっていくのか、今から期待は膨らんでいく。

筆者:中央大学 三浦裕太
【写真】国体に関する記者会見に臨むJSPO国体委員長大野敬三氏、JSPO国体推進部長 菊池秀行氏